牧師の部屋から「私を背負って歩いてくださる神」

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牧師の部屋から「私を背負って歩いてくださる神」

牧師によるショートメッセージ。第20回は「私を背負って歩いてくださる神」、聖書箇所は、イザヤ書46章3~4節です。

「私を背負って歩いてくださる神」
聖書箇所:イザヤ書46章3~4節

 世の中には、宗教と呼ばれるものが沢山あります。中には例外もありますが、だいたい宗教と呼ばれるものは、どれも人間の力の及ばない、上の力の存在を信じます。それを「神」と呼ぶ場合が多いですが、信者は神を恐れ、祭り上げます。

 だいたいどの宗教も「人の心を励ます有り難い話」を聞かせてくれます。また、「死んだ後どうなるか」について教えます。どの宗教も、人間関係における「道徳」を説きます。さらには、「しなければならないこと」や「してはいけないこと」などの「律法」を教えます。

 そのように聞きますと、「どの宗教もみな同じじゃん」と言いたくなるかもしれません。

 とくに日本という国では、多くの人が、自分たちが八百万(やおよろず)の神々に囲まれていると信じています。その八百万(やおよろず)の神々に、もう一つの神としてイエス・キリストを加えることには、とても寛容です。しかし、イエス・キリストのみが神であると言って、それ以外の神々を認めないと、たちまち猛烈な反発が起きます。

 しかし、今、はっきりと言います。
 
 イエス・キリストは、八百万の神々の中の一つではありません。イエス・キリストのみが、唯一のまことの神であり救い主です。他のすべての神々は、人の手によって作られた偶像でしかありません。それには、何の力もありません。

 なぜそのようなことが言えるのでしょうか。

 偶像の神々は皆、人間が重荷として背負わなければならない神だからです。人間が、運んだり、お供えをしたり、お世話をしなければならないのです。しかし、まことの神は、私たち人間の重荷を背負ってくださる方なのです。

 そのことを教えているのが、イザヤ書46章3節と4節の御言葉です。3節で、聖書の神、唯一まことの神が、神の民に次のように言われます。

 「わたしに聞け、ヤコブの家よ イスラエルの家の残りの者よ、共に。
あなたたちは生まれた時から負われ 胎を出た時から担われてきた。」

 これは、神が、神を信じる者を、生まれたときからずっと背負ってくださっていたことを教えています。私たちも、この世に生まれてから今日にいたるまでの過去の人生、神がずっと背負ってくださっていたのです。

 また、4節に、次のように言われています。

 「同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで 白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」

 唯一まことの神は、私たちの過去だけでなく、これからの人生も、ずっとずっと私たちを背負って行ってくださると約束しておられます。それも、私たちが老人となって白髪になるまで背負って行ってくださると約束してくださっています。

 皆さんのこれまでの人生は、明るい部分があれば、暗い部分もあったことでしょう。中には、誰にも触れてもらいたくないような辛い暗闇の過去、倒れてしまいそうな苦しい過去があったという人も、あるかもしれません。けれども、今日まで生きて励むことができました。神が共にいて、あなたを背負って歩いてくださっていたからです。

 今日は、一つの詩を皆さんと分かち合いたいと思います。

 マーガレット・F・パワーズという方の「あしあと」という作品です。

 ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。

 「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」

主は、ささやかれた。

「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」※

 愛する皆さん、人生の一番つらい時、私たちを背負って歩いてくださる方が共におられることを決して忘れずに、これからの人生を歩んでください。そして、その生けるまことの神と人格的なお交わりをしたいと思ったとき、教会の門をたたいてみてください。

お祈り
 天の父なる神様、今朝も唯一まことの神であるあなたに礼拝を捧げることができ、心から感謝致します。あなたは、唯一まことの神を信じる私たちと、いつも共に歩んでくださる方であることを、私たちは知りました。私の一生涯をあなたにお委ねします。人生のつらい時、私たちを背負って歩いてくださる方がおられることを決して忘れずに、これからの人生を歩むことができますように。どうぞ私を天国まで導いてください。この祈りと願いを、唯一の救い主イエス・キリストの御名によって御前にお祈りいたします。アーメン。

※引用元:マーガレット・F・パワーズ(松代恵美 訳)、『あしあと<Footprints>-多くの人々を感動させた詩の背後にある物語-』、(財)太平洋放送協会<PBA>、1996年、1000円。168ページ。


毎週日曜日は礼拝の日

高知教会では毎週日曜日、神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで日曜日の都合がつかない方は、毎週木曜日に行われる祈祷会(きとうかい=お祈りの会)がおすすめです。

日曜日 朝の礼拝
午前10時10分~11時30分
必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
木曜日 祈祷会
朝の部:10時30分から12時00分
夜の部:19時10分から20時00分
こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。

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