教会員の声(救いの証)N.H.さん

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教会員の声(救いの証)N.H.さん

高知教会の教会員による証しを少しずつ紹介していきます。今回は、N.H.さんの救いの証しをご紹介します。

「救いの証」
N.H.姉

1.イエス・キリストとの最初の出会い
 私は、曾祖母から数えて4代続くキリスト教の家に生まれました。だいぶ後になって知ったことですが、曾祖母の川崎弥佐は、土佐教会の創設に貢献し、家族を信仰に導き、キリスト者婦人として立派な信仰の生涯を全うしたと「土佐クリスチャン群像」という本に紹介されています。その本によれば、まだ高知に教会がなかった時代に、キリスト教の講義所のために自宅を開放して場所を提供し、初代牧師の生活の世話をしたそうです。そして、自ら進んで聖書の教えを受け、家族や近隣の人を誘って集会に出席し、その結果、この講義所の最初の受洗者となりました。そのような曾祖母と一つ屋根の下に住んでいたこともあって、いつのことかは覚えていませんが、私は幼児洗礼を授かり、幼い頃から主日ごとに土佐教会に通い続けていました。

2.キリスト者の夫との出会い
 女学校在学中、戦争がボツボツと始まり、支那事変、盧溝橋事件、満州事変があったと思ったら、ついに大東亜戦争が始まりました。その頃、私は教員として安芸の井ノ口の学校に勤めていました。その後、1945年3月にお見合い結婚し、3年勤めた教員を辞して京都に移り夫婦で生活していました。しかし、その8月、広島と長崎に原子爆弾が落とされ、これ以上京都にいては命が危ないということから、私だけ高知県に戻ることになりました。8月14日、夫の顔も見納めとなることを覚悟して高知に戻ると、翌15日に終戦を迎えました。

 終戦後のある日、夫が戦争の後始末を終えて高知に帰って来ました。そして、自分がキリスト者であることを打ち明けてくれました。それを聞いて私は、心底から驚きました。日本において結婚相手が他の宗教の人であるということは普通にあることです。それなのに、何千万人もいる日本人の中から出会った夫がキリスト者だったと知ったときには、本当に有り難かったです。

 戦争中は、誰とも宗教を話題にすることなど、とてもできない状況でした。賀川豊彦がキリスト者であるゆえに捕らえられて投獄されたという風評が立ち、キリスト者の誰もが自分の宗教を知られないように必死に黙していました。ですから、夫も私も、戦時中は夫婦の間でさえ、宗教について話すことはできませんでした。しかし、蓋を開けてみたら二人ともキリスト者であったということは、本当に感謝でした。夫は、H.O.さんの弟で、高知市よりも西方で無教会のキリスト教に属する人でした。

 戦後は、夫も私も教員であったので、県内のあちこちの学校に転勤し、35年働きました。当時、教員は、自分が信仰をもって生活することは許されていましたが、「宗教については中立であれ」と国から厳しく言われ、生徒にはもちろんのこと、我が子にさえも伝道することは禁じられていました。それで、子どもたちは、今でも私が教会に行くことには反対しませんが、自分たちは信じようとしません。

 夫が60歳、私が58歳のとき、夫の両親が高齢になりお世話する必要が出てきたので、仕事を辞めて今の家に住み始めました。義父は109歳まで生きました。夫の両親をそれぞれ神の国にお送りしたと思ったら、今度は夫が病に伏せ、7ヶ月の看病の後、神の国に召されました。そのとき、私は78歳でした。それから再び教会へ行き始めました。それまでも日本キリスト改革派高知教会に時々夫婦で行くことはありましたが、私の教会生活は、その時から再開しました。

3.日本キリスト改革派高知教会に戻って
 教会に行き始めて1年か2年の後、当時の牧師でいらした久保浩文先生に自分が幼児洗礼を受けていることをチラッと言うと、「それならどうしても」と言って信仰告白式をしてくださいました。やっと教会に毎週行かれると思ったのも束の間、教会にある問題が生じて、2年間、私は教会を休んでいました。久保先生から何度も教会に戻るように勧められましたが、とても帰る気になれませんでした。

 真にキリストについて学び、神に仕えようと決心したのは、2015年からです。それまでは、信仰的には空白の数十年でした。しかし、今は神様一筋で、神と共に生きることだけで生きています。教会があるから生きていけます。そういう思いで一日一日を生きています。教会に行こうとする気持ちが体を引っ張ってくれます。それで私は、今でも主日に休まず礼拝に出席できています。周囲の人たちから「偉い」とよく言われますが、自分としては「お陰様で」という言葉以外に思いつきません。

 高齢となると、説教を聞くのは難しくなります。それで、教会で説教を聞いて、帰宅してから説教原稿を読ませていただいて頷いて、という生活です。人生の最後にこうしてキリスト者として毎日豊かに生きることができているので、天の国に召されるときも、何も後ろめたいものはありません。

 あと、曾祖母のこともあるので、人生最後まで走りぬいて、天に帰ることを考えています。曾祖母の曾孫は私だけしかいません。キリスト者としてしっかりと生きて行きたいと思います。


4.教会生活が定着した私
 今、私は満たされています。教会に行くことだけが生き甲斐です。神を信じてみ言葉に養われて、日々、神と共に生きることが幸せです。このような信仰生活が出来ていることを、私が神の国に入れていただけたら、夫に自慢したいくらいです。
「神だけが生き甲斐、神と共に生きる。」今振り返ってみると、空白が多い人生でした。その間、戦争があり、教師としての仕事があり、義父母の介護がありました。生まれた家がキリスト教家族、結婚相手がキリスト者、80歳過ぎて教会へ、最後は神様一筋、初めと終わりが良いです。これは妙な人生ですが、恵まれていると思います。神様にただただ感謝あるのみです。

毎週日曜日は礼拝の日

高知教会では毎週日曜日、神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで日曜日の都合がつかない方は、毎週木曜日に行われる祈祷会(きとうかい=お祈りの会)がおすすめです。

日曜日 朝の礼拝
午前10時10分~11時30分
必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
木曜日 祈祷会
朝の部:10時30分から12時00分
夜の部:19時10分から20時00分
こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。

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